産土の神さまに

 

数年前のこと。

 

母のもとにあった、私の幼い頃のアルバムを家に持って帰りました。

 

その時、ひと通り中を見て押し入れにしまったのですが、今年に入って、なんとなく気になって、引っ張り出してきました。

 

生後間もない頃の頁を開いて、壁に立てかけました。若かりし両親が、慣れない手つきで私を抱いている姿……、そして抱かれている私……。

 

 

言葉に表しきれない繊細な感覚がわいてくるのを感じていました。

 

当たり前ですが、私も昔は赤ちゃんだったんだな、と……

 

「今」に至るまでの人生のプロセスをこの子は経験したんだな、と。

 

我がコトなのに、写真に写っている赤ちゃんを客観視するように、まじまじと見るのは初めてのことでした。

 

アルバムを出しっぱなしにしていたので、ある日は、孫(私)の顔を見に来た祖母たちの写真を見たり、当時の我が家の、暮らしの背景として、今まで聞いた話を思い出したりなんかもしていました。

 

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ふと違うところにも目が行きました。

 

写真と一緒に廣田神社と書かれた紙が貼ってあったのです。

 

 

むくむくと廣田神社に行きたい気持ちが膨らんで、小さなひとり旅を決行することにしました。

 

心の何処かで、もうすぐやって来る誕生日を意識していたかも知れません。

 

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阪急西宮北口まで電車で、そのあとは甲東園行きのバスに乗り換えました。

 

バスに揺られながら、弟は明石生まれだから、この土地に縁があるのは私だけか……とか、お宮参り以来だから、約60年ぶりのお参りになるんだなあとか、いろいろ想いが巡りました。

 

 

廣田神社は、『日本書紀』にも記されている兵庫県第一の古社なんだそうです。

 

境内に足を踏み入れた瞬間、格式の高さを感じました。それでいて、氣がとても柔らかいのです。

 

お詣りされている方も、なにかしらの意図をちゃんと持っておられるような感じがしました。「ふらりと寄ってみた」という感じではなさそうで、神妙な面持ちで長く祈っておられます。

 

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私は心の中で、住所と名前を名乗って、お宮参り以来の人生を歩んで、こんなに大きくなりました、と神さまにご報告と感謝を伝えました。

 

 

 

六月の言葉に「浄明正直とは、清く、明るく、正しく、素直な心のことで、神道の根本を表わす言葉の一つです」と、ありました。

 

 

6月30日の夏越の大祓いのために、人形とペンが用意されていたので、大祓いをお願いしました。このタイミングで来られて、幸いでした。

 

 

しかも、6月13日のこの日は、午の年・月・日が重なる開運日であったので、帰りに神戸に寄って、赤い風鈴を買って帰りました。赤いものや午にちなんだモノを手にすると良いと、人から聞いて知っていたからです。

 

6月25日も午の年・月・日が重なるので、13日の機を逃した方は是非。

 

 

あとで、友人が教えてくれたのですが、生まれた土地の神さまは「産土の神」と呼ぶのだそうです。

 

思い立って行ってみて良かったな。

 

ひょっとしたら、産土の神さまから呼ばれたのかも知れませんね。

 

 

 

朝霧カタツムリ