すべてに通じる

 

山のおうちに帰っていました。

 

これは、バスの車窓から撮った一枚。

 

日入りも大分遅くなって、まだまだ光の強いお日さまと、淡路の西の海。

 

明石の母に送ったら、「海も空もきれいやねえ」と返ってきました。

 

直接見せてあげたい気持ちになって、目の奥がつんとなるのを感じながら、明石を背に徳島へ向かいました。

 

 

平日ということもあるけれど、相変わらず乗客は少なく、気儘になれはするけれど、これ以上便が少なくならないか心配です。

 

夜のバス停にはオットーが待っていてくれました。

 

 

翌朝、早朝から空豆の収穫です。昨年11月に植えた苗は、凍えながらも山の冬を越えて、しっかりした実をつけてくれました。

 

ゴールデンウイーク前の強風で倒れてしまい、オットーと懸命に株元から起こしたので、収穫と出荷ができたことは嬉しいことでした。

 

空豆は、塩茹でが一番美味しいと思うのですが、 皆さんがご存知のオススメ料理があったら、ぜひ教えて下さい。

 

 

こちらは、畑の端に咲いていたオオムラサキツユクサです。あとで花言葉を調べたら、「ひとときの幸せ」「快活」「尊敬しています」とありました。

 

うん、たしかに「ひとときの幸せ」をもらいました。

 

 

空豆・えんどう豆の収穫と出荷準備、ピーマンの脇芽摘み、支柱にネットを張ること、梅の収穫、伸びすぎた樹の枝の伐採と道づくり、ご飯の支度、洗濯……ずっと何かしら働いて過ごしました。

 

山の、その季節の、その時必要なことをする……こういう暮らしはシンプルで力強いです。「それをする理由」があるし、「それをする方法」に理論がある……そんな風に感じる機会が多くありました。

 

何気なくやったことが運よく正解であったり、失敗の中に気づきもありますが、いい加減な気持ちで取り組んでも、絶対にうまくいきません。やはり、全身全霊でやってこそ、還ってくる結果や気づき、学びは大きいです。

 

そして、集中と集中の合間に、私たちをふっと緩めてくれるもの……それもまた、自然なのでした。

 

 

 

 

ブルームーンと呼ばれる満月の夜、玄関先のサボテンが大輪の花を一気に咲かせました。

 

・・・・・・

 

5月には満月が二度訪れましたが、その両日とも、月の姿を美馬の山々の上に見たことにも、人生の移り変わりを感じずにはいられませんでした。

 

子育てが終わって、人生の働き方を変え、ふたりの母それぞれと過ごす時間を大切にしながら、「今」いる場所を味わい続けています。

 

 

なかなか手が回らなかったけれど、息子家族と植えた大豆の様子も見ることができました。

 

 


 

山のお父さんが生きていた頃、手伝っていた農作業は今思い返すと、「触れる」程度のもので、実はなんの手伝いにもなっていなかったな、と思います。

 

あの頃、チンプンカンプンだったことが、今なら少し分かるようになり、目も手も「昔の私」よりは、ずっと使えるようにはなりました。

 

それでも、紐の輪の作り方、ネットの張り方など、私はまだまだまどろっこしいのです。山のお母さんとオットーがさらりとやってのけることが、なかなかできません。しかし、当然何回も「その道」を通らなければ上手くなりようがありません。

 

「急ぐ心」が出ると、その一カ所は上手くできているように見えて、後で辻褄が合わなくなります。

 

ここはひとつ、畑のしごとを通して、私自身を成長させるか笑……そんな気持ちです。

 

こんな考えを持って、「今」を生きていられるのはヨーガのおかげです。

 

 

 

すべての世界は通じていますね。

 

 

この人生まだまだ楽しめそうです。

 

 

朝霧カタツムリ