心からおめでとう

 

また一人、わたしに仲間ができました。その名は理子さん。

 

このご縁は、亡くなった私の心友、田中綾さんが繋げてくれたものです。

 

理子さんは、綾さんから「陰ヨガ」を教わり、その心地良さを今度は自分からまわりの友だちに伝えていきたいと思っていました。そして、本当ならば、彼女は綾さんの指導者養成講座を受ける予定だったのです。

 

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綾さんは、私がヨーガを学び始めたスクールで、いちばん最初にできた友だちでした。私たちは、人生のとてもしんどい時期にヨーガに出逢って、自分が楽になれた経験を持っていました。だからこそ、ヨーガを自分以外の誰かにシェアしたかったのです。

 

スクールを卒業後、それぞれに学びを深める道を歩き、師事する先生が違っても、いつも影響を受け合ってきた仲です。綾さんは私が知る指導者の中でも、たいへん謙虚で勉強熱心な人でした。

 

「もし、この世に自分がいなくなっても、代わりに誰かがヨーガを伝えてくれるようにしておくことは、大切なことだと思う。綾さんから学びたい人がいたら、教えてあげるほうがいいよ」と、私は何度も彼女に勧めたものです。

 

ようやく、彼女自身もそう思えるようになり、指導者養成講座の準備をし始めた矢先、彼女の身体を蝕んでいた病が発覚しました。

 

病気が分かってから、一年も経たないうちに、綾さんは帰らぬ人となってしまったのです。

 

 

 

理子さんは、縁を辿って、朝霧カタツムリYoga Schoolの扉を叩いてくれました。

 

本来、ヨーガとは流派があるように見えて、根は一つです。クラスの内容がわかりやすいように、「○○ヨーガ」とネーミングがついていることが多いので、誤解されがちなところを、歴史を紐解き、何故現代ではそのような表現になってしまっているのか、説明するところからスタートしました。

 

そして、「誰かに伝える」前に、まず「自分のヨーガを始める」ことが肝心なことも。

 

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世の中に、指導者養成講座と名の付くものは数多く存在していますが、「資格取得が目的」「情報を仕入れる」といったニュアンスが強く、「自身のたましいと対話し、真に生きていく」ことを日々の行のように行っていく、という地道なプロセスを体験することが失われています。

 

「教室を始めるためのお免状」ではなく、修了証というものは、先生と生徒の間で真剣に交わされたやり取りの証であり、かけがえのないものです。

 

私から修了者にお渡しする証書に記した内容は、実は一人ひとり文言が異なります。大切なことをお伝えしている事実は変わりませんが、その人が理解できるしっくりとくる言葉で、ご本人が「確かにこれは習いました」と納得することしか記載していません。

 

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実は、理子さんは持病をお持ちで、この一年体調が悪い時期もあり、講座日の延期、オンライン受講への変更等、二人の間で相談しながら、工夫をしながら、ベーシックコース修了を迎えることができました。

 

丁度お誕生日を迎えられた直後のことでした。

 

ご自身のことを諦めずに、本当によくがんばられたと思います。どうして、そんなにがんばれたのか……その根底に、彼女自身の強い想いがちゃんと見えていました。

 

そして、痛みを知っていることは、強みでもあります。何故なら、相手に寄り添える「思いやり」があるからです。誰でも、それぞれに、抱えている何かはあるものなのです。彼女ならきっと良い先生になるでしょう。

 

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最終日に贈ったティンシャは、理子さんにぴったりの音色でした。早速鳴らしてみた時の、晴れ晴れとした彼女の笑顔を見て、私も嬉しかったです。(綾さんにも、手を合わせて報告しました)

 

まず、理子さん自身がしあわせで、そのしあわせがまわりの人たちに自然に伝わりますように。

 

心からおめでとうございます。

 

 

* 2026年2月25日始動 amana satowa-ya (整骨院でのヨーガ)

 

 

朝霧カタツムリ