理解しようとすること

 

実家の畑で、オクラの手入れが行き届いていないというので、私が引き受けました。

 

オクラの花はなんとも言えない可憐さがあります。

 

花が落ちた後に実がつくのですが、数日であっという間に育ち、すぐに大きくなり過ぎてしまいます。食べるのにちょうど良い大きさのものだけを残して、あとは土に落とし、実の下にあった枝葉は取り除きました。

 

オクラは足もとをスッキリさせ、お日さまの光が良く当たるよう手入れします。写真のように落とすと、枝葉は自然に土に還っていきます。

 

さっさと手入れができるようになったのは、過去4年ほど市民農園を借りて、農作業をしていたからです。「経験」って何においても強いものですね。

 

 

本格的に農業を始める前の、序盤であったあの数年、私は畑から多くの気づきをもらいました。

 

そのものの性質を丁寧に観たり、「なぜそうなるか」を考えたり、すぐに答えの出ないことばかりで、畑と付き合うことは根気のいることでしたが、必ず「そうなる理由や答え」がありました。

 

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ヨーガで、目の前に座って下さる方のことを理解しようとすることも、それに似ていますが、やはり「人」は違います。お一人お一人に人生背景・習慣・信条などが絡み合っているからです。

 

けれども、ヨーガという普遍的な、【誰にでも可能な方法】を、ご自身の新しい習慣として取り入れ、その方向性を自分以外の誰かの尺度ではなく、内側に在るものへと向かわせたとき、最初は小さな声かも知れないけれど、少しずつ心の声を拾うことができるようになるものです。

 

過去のことは現実として変えることはできません。ご自身に刻み込まれた習慣や思考癖のパターンを変えていくには、そこそこ月日も必要になりますし、ネガティブな感情も生まれるでしょう。

 

でも、「さすがに、もう変わらなければ」という心底からの欲求の波がきたとき、その波の力を借りて変わることは可能です。私自身がそうでしたから。ネガティブは決して悪者ではなく、私たちの原動力になってくれます。

 

この変容の旅は、途中苦しいかも知れません。自分の嫌いな部分も見ることになるからです。でも、別の誰かになるための旅ではなく、私たち自身を生きるための旅なので、重く感じる上着を脱ぐように少しずつ軽やかになります。

 

ポイントは焦らないことです。これを機に、今までの癖を手放し、心(芯)から自分自身のことを理解しようとすることが大切なのです。

 

だから、どんなヨーガでもいいわけではないのです。あなたのヨーガをまるで畑と付き合うように、自分自身で耕し、種を蒔き、ようやく芽吹いたハートを慈しみ育てることをしていくわけです。

 

良いこともそう思えないことも、まずはそこに「在る」ことを認めてあげましょう。そこからが始まりです。そして、その始まりに年齢は関係ありません。いつからだって、遅くはないのです。

 

ほんとうのヨーガを伝える先生(仲間)を募集中です。大量生産をするように、インストラクターを輩出する講座は致しません。あなたのアンテナにぴんと来たら、ぜひ朝霧カタツムリの扉を開いてくださいね。

 

卒業生の一部ですが、ホームページ内の「みなさまの声」に感想を載せています。良かったら、ご参考に(^-^)